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蜘蛛女のキス

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原題: Kiss of the Spider Woman
原作: Manuel Puig
監督: Hector Babenco
脚本: Leonard Schrader, Manuel Puig
出演: William Hurt, Raul Julia, Sonia Braga, Jose Lewgoy, Milton Gonçalves, Míriam Pires 他

内容紹介: 閉ざされた密室でのホモとテロリストの愛という特異な設定の中で、練りに練られた脚本、ブラジルの鬼才ヘクトール・バベンコによる緻密な演出、息をのむ俳優たちの迫真の演技で見るものを圧倒したこの作品は、85年カンヌ、イギリスアカデミー、米アカデミーと三つの映画祭で主演男優賞(ウィリアム・ハート)を見事に独占した。

舞台は南米のファシズムが台頭するある国。暗く閉ざされた監房に入れられた2人の男…ホモセクシュアルのモリーナと政治犯のバレンティン。空想の中でしか生きられない男と常に現実を変えようとする必死にもがく男という何の接点もない2人が、モリーナが繰り返し語る甘美な空想物語『蜘蛛女』を媒介として、ゆるやかに寄り沿ってゆく。そして2人は愛で結ばれてゆく。

体制と反体制、夢と現実、男と女、ありとあらゆる『対立』の構図の中で、理解し合うことによって相反してゆく関係の悲劇をドラマチックに描き出した問題作である。(パイオニア)


感想: ホモセクシュアルのモリーナは未成年を誘惑した罪で、改革を企てる政治犯のバレンティンと、南米のとある刑務所の同じ監房に収容されていた。気を紛らわすため、モリーナはロマンティックな映画のストーリーを話していく。一方バレンティンは、置かれた状況の中で精神状態を保とうとしていた。そして、共に過ごしていくうちに、ふたりの心が通い合い、互いを理解するようになる。

モリーナは、ホモセクシュアルとして自分を女と信じ、理想の男性に会えることを夢見ている。そして、彼が語る映画の中には、絶世の美女が登場する。それは、まさしくモリーナ自身の理想像だろうと思う。そして、彼は、謙虚で強い男を求め続けている。待って、待って、待って、求めて、求めて、求めて…しかし、夢はかなわず、今は監房の中にいる。

一方のバレンティンは、モリーナの話を聞きながら、革命を目指すものとしての志を維持しようとしている。決してアジトのありかを口にしてはいけない。今のこの国の現実を見よ。不正が蔓延った世の中を変えなければならない。彼は、囚われつつも、その意志を貫こうとしていた。

そんなふたりが、次第に心通わせていくのだが、モリーナ(8年の禁固刑)は自分の出所と引き換えに、所長からバレンティンの組織のアジトを聞き出すよう頼まれる。しかし、モリーナの心は、次第にバレンティンヘの愛へと変わっていったのだった。

そして、所長たちにはバレンティンから何も聞き出せなかった役立たずのホモとして、バレンティンには愛を以って彼から頼まれたことを果たそうと決意して、モリーナは出所したのだった。自分の命の危険も覚悟して。

そして、バレンティンに頼まれた彼の組織へ連絡をする日。モリーナは、警部たちに尾行されていることに気付くのだが、それでも尚モリーナは使命を果たそうとするのだった。

だが、モリーナは、その組織の女に撃たれて死んでしまう。そして、彼の遺体はゴミのように捨てられる。漸く求めていた愛を手に入れたのに、モリーナは死んでしまうのだ。出所後からモリーナの死まで、物語は急展開を見せる。それゆえ、モリーナの死をそのままストレートに受け入れるのに、私は時間がかかった。

何故、モリーナは死ななくてはならなかったのだろうか。

監房という密室。モリーナの語る映画の中の美女。そして、求めても、待っても、手に入れられなかった理想の男性。モリーナは、自分は女性だと信じて疑わないホモセクシュアルな男性として描かれている。

密室の壁は、モリーナと現実とを隔てるものとして、絶世の美女はモリーナ自身の理想の姿として、そして、理想の男性は、実はモリーナ自身の男らしさだったのではないだろうか。世間がモリーナに求める男としての生き方。モリーナは、結局女のまま死んだのだ。ここに、自己同一性としての『性』が描かれているのではないだろうか。

政治犯バレンティン。彼もまた監房という密室にいる。彼にも現実との壁があったのだ。では、その彼がモリーナと対峙する理由は?恐らく、バレンティンはまさに男性として存在していたのだろう。世の中を変えるという力、それを持つ『男らしさ』の強調された姿。

そのふたりが心を通わせ、ついには結ばれる。ふたりの間の壁はなくなるが、ふたりを取り囲む壁はなくならない。そして、バレンティンのために命をかけたモリーナ。しかし、結果は『死』だった。

私たちは、モリーナを死なせてはいけなかったのではないだろうか。それが、この映画が伝えるひとつの答えに思えてならない。


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